小さな黒い手帳
投稿日:2014年3月31日
見つかりますよう、という願いを託して、ある書類を厚生省に送りました。
見つけていただきたいのは、今、私の手元にたまたまお預かりすることになった8cm x 12cmの手のひらに乗る小さな黒い手帳の持ち主のご家族です。
持ち主の人生が、そして、日本の歴史が凝縮されている、でも、70余年前に持ち主の手を離れたこの小さな手帳。
その方の人生のほんの一部だけでも垣間みさせていただく機会を与えられ、そして、人間の命について、時代について、与えられる使命について、生き方や家族についてなど、いろいろなことに想いを巡らせる機会が与えられたことに感謝します。
そして、持ち主のご家族になんとかしてお返しすることができれば、と願うばかりです。
以前、こちらの退役軍人会のある支部に展示されていた旗の持ち主を探すことができないかと依頼されたことがありました。日の丸の日章旗には、これから戦に向かう兵隊さんの無事と薫陶を祈る言葉がたくさん書かれていました。そして,お名前と「岩手無尽」という言葉を手がかりに、いろいろな方々にお願いして、最終的に、ご家族にお返しすることができました。
この手帳にも、手がかりがあります。お名前もあります。中には、活字のように整ったきれいな字でマレー語と日本語が並んでいます。マレー語を習っていらしたようです。
きっと奥様でしょう、きれいなご婦人の写真が貼付けてあります。毎夜、夜空の星を眺めながら遠い祖国で待ってみえる家族を想われたのでしょう。一体、どんなお気持ちで。。。
大阪商船にご勤務でいらした方のようにも見えます。
東京の九段会館のことが書いてあり、そこに連絡をしたところ、最終的に、厚生省の外事部の調査班というところで調査をしてくださることになりました。ここには掲載を控えますが、手がかりになる情報がたくさんあり、きっと、持ち主のご家族の元にこの手帳は帰ることができるようになると思います。
なぜ、これを取り上げたかと言いますと、このタイミングに、私の手元に届けられたということに、私はとても意味を見いだすからです。
生徒たちは、今、Global Issuesの授業では、第一次大戦のことを学習しています。もちろん、英語で。CAPDでも、過去100年の世界の動きを追っています。
現在の世界の国際模様を理解するためには、ここ100年の世界の動きを知ることが必要です。これから第二次大戦のことに入っていきます。
毎年、ほぼ全員の生徒たちが、第二次大戦では日本とオーストラリアが敵国だったことを知らず、この歴史の勉強を通して、仰天し、そこから、真剣な考察が始まっていきます。
ここのところ、いろいろなことが続いています。第二次大戦中日本の潜水艦がシドニー湾を襲撃した際に、それを17歳の少女が目撃していました。今は、もうお年を召されたマーガレットさんとおっしゃるその方は、あるテレビ番組のことでたまたま昨日電話でお話したのですが、私からの電話をとても喜んでくださいました。
誰も、みな、戦争なんてしたくないのです。一般市民は。こんなふうにとてもいい友達になれる機会を戦争が奪います。そして、憎しみあうことを教わるのです。
先週には、カウラで捕虜になり、日本に帰還された山田正美さんという方が逝去されました。山田様には、3年前にお目にかかり、戦争に徴集されるまでの経緯、捕虜になるまでの軍隊生活、捕虜になっていた頃のお話、そして、帰還後の様々なお話を直接していただいたことがあります。
10名ほどのICETの卒業生たちが同席しましたが、極めて貴重な時間でした。
国家は、勝っても負けても、戦争をした正当な理由を持っています。
一般市民は、何の理由も持っていません、国家に命を捧げるという使命以外に。いずれの家族も、その過程と結果を黙って受け入れる以外の術はありません。誇りにも思うでしょう、無念にも思うでしょう、残酷だとも思うでしょう、なぜと生きている限り問い続けるかもしれません。
生徒たちは、キャンベラ旅行を通して、過去に起こったいろいろなできごとを、市民の視線から学んでいきます。どんな未来を創るかは、彼らの肩にあります。
黒い手帳は、70年前に戦地にいらした方のメッセージを今に届けてくださったものと受け止めました。
地球に生きるみんなに優しい良い未来を作ってくれ、と。