Academic English

投稿日:2013年7月4日

言語は、いろいろな軸で分類されます。

例えば、日本語なら、口語体、文語体とか、あるいは、現代文、漢文、古文というような具合に。

英語も、ある特定の軸で分類されます。例えば、formal Englishに対する informal English。これは、きちんとしたきれいな英語と、友達の間で使われるような多少くだけた英語。

Communicative English と呼ばれるのは、意志伝達が文章でも口語でも成り立つための英語。日本でよく「生きた英語」「使える英語」と呼ばれるものは、主としてこれのことです。

笑い話なのですが、もう30年以上も前に私がシドニーに移り住むようになった時に、大学でシェイクピアの原書を読んでいるような人が遊びにきました。英会話なんて、何の心配もなくできるものだろうと思っていました。彼女もそう思っていました。ところが、”How are you?”から始まって、いとも単純な会話ができないのです。英語の音を出すことにものすごく抵抗があったようです。文書で読むことと、会話として口に出すことが、まったく別の機能で、どちらも訓練が要るのだということを、彼女も、私も、改めて認識した次第でした。

そのことがとても不思議に、そして、おかしく思え、二人で笑い転げたものです。言語学習におけるひとつの秀でた能力が、別のことにそのまま移行するものではない、ということがわかったからです。

彼女が勉強していた英語は、日本の従来の英語教育の典型でしょう。読むこと、翻訳することに力を入れ、話すということには視点がなかっただけでなく、周りに英語を使う機会もまったくなかった、ということなのでしょう。こんなことがあったことを思い出すと、生徒たちが、留学してくる時点である程度の会話ができるようになっているということは、それだけ、日本の英語教育がCommunicative Englishに力を入れるようになっているということの表れなのでしょう。

一方で、中学校から少なくとも4年間は英語を勉強してきているはずなのに、そして、単語もたくさん知っているのに、留学の初めではまったく会話が成り立たないという生徒たちも数少なくありません。ということは、日本での英語教育は、もっとCommunicative Englishを強化する必要がある、とも言えます。韓国、中国、その他の国々から留学してくる生徒たちは、それなりの会話ができます。本国での英語教育に違いがある、ということを感じざるを得ません。

ESLやその他の英語の授業で、読む、聞く、書く、話すの4分野に同等の力が入れられているということは、極めて重要な意味を持つわけです。

Academic Englishは、学問を可能とする英語とでも言えばいいでしょうか。ICETの英語教育の中には、Communicative EnglishとAcademic Englishの両方があります。

学問を可能とするためには、ある程度高度な英語力が必要とされます。例えば、読む力。単語ひとつひとつを読んでいく読み方では、遅々として進みません。ある程度、読み流しができる、鍵となる語彙がわかる、主となるテーマを読み取る、それを裏付けるものを識別する、おおよその推測ができる、事実なのか説や意見なのかの区別がつく、筋を追える、著者の言いたいことを汲み取るなどの力が必要となります。

これは、一夜にしてできるものではありません。また、ある程度の英語力があったら自然にできるようになるというものでもありません。訓練を経ることによって、技能が磨かれていきます。

 ごくごく簡単な段階から、徐々に複雑さを増していきます。

Reading、Writing、Listeningの3つの分野でカリキュラムが組まれています。読むことで得る技術は、書くことで応用、強化されます。聞く訓練は、メモを取る練習、耳で主となるテーマを聞き取り、情報を拾い、メモからレポートを起こしたり、ディスカッションの材料として使い、また、エッセイやレポートを書くことに使います。

同じことが二重、三重に、違う分野の技能の発達のために応用されていきます。こうした緻密に組み込まれた教授法により、生徒たちは、日々、英語を使うことに慣れ、実際に使えるようになっていきます。

前半期では、次のようなことを学習しました。

・ある特定のトピックについて、それが何を書いている文章なのかを特定する

・本文の中の主となるアイディアとそのアイディアを裏付けている詳細を特定する

・手早く読み進むためのテクニック

・前もって軽く読み予測するテクニック

・意味を見つけるために文脈を使う

・本文の中身について連続性を見つける

・事実と意見の相違を見分ける

・言及を理解する。

毎日、何気なく行われている授業の裏、中身を見ると、言語学習というものはきわめて複雑なもので、生徒たちが、日々、本当に努力しているのだということがよくわかります。

 

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