悲しいこと、嬉しいこと
投稿日:2013年11月3日
シュー君からの寄稿です。
外国に暮らす際に遭遇することに対する繊細な心、日常の中にあるちょっとした瞬間に得た感動、そして、人とのつながりの大切を深く意識するようになってきた1年の成長が見られます。
「オーストラリアにきて10ヶ月目を迎えようとしています。
その中で、最近起こった少し悲しいことと、とても嬉しいことについて話したいと思います。
まず、悲しいことから。オーストラリアは、多民族国家です。休日にシドニーの中心街に行くと、驚くほどたくさんの言語を耳にします。それだけたくさんの国の人々がオーストラリアにはいます。
休日や登下校中に道を歩いている時に、ヒドイ言葉を浴びせられることがあります。留学にきた当初は、そのようなことがとても悲しかったですが、もう慣れました。
次に、最近起こったとても嬉しいことを話します。
毎週水曜日は、Davidson Highでは、午後はスポーツの時間です。
先日、僕はジムに行きました。その日のメニューはバイク・トレーニングでした。予想以上にハードで、僕は、途中で、ギブアップしようとしました。その瞬間!!
「ガンバレ!!」という声。
これまで一度も話したことがなかったYr 7(中学1年)の男の子からのものでした。
その瞬間、僕は何ともいえない幸せな気持ちになりました。それと同時に、Davidson Highにきて本当に良かった! と改めて感じました。
Davidson Highでは、多くの生徒が日本語を学んでいます。その為、学校にいるとたくさんの生徒が日本語で僕に話しかけてきます。ICETとDavidson、日本とDavidsonが強くつながっていると感じる瞬間です。
それにしても、あの少年の「Ganbare!!」は、本当に嬉しかったです。
あの小さな出来事が、僕にとっては、オーストラリアでの大きな思い出になりました。
オーストラリアに来て、日本にいた時より、何倍も何十倍も人と人とのつながりを大切にできるようになりました。」by Shu
以上、シュー君からの寄稿でした。ありがとう。
シュー君が体験したような、通りすがりの車からひどい言葉を浴びせられるようなことが、残念ながら、時々起こります。留学中、そうした場面に全く無縁な生徒もいれば、何度か遭遇するという生徒もいます。どこに出かけるか、誰と歩いているか、どれだけ守られた環境に留まるか、というようなことにも関係しますが、社会の中には偏見に満ちた人々がいることは否めないことです。
ひどい言葉に限らず、私は旅をした際に、いろいろな人たちから、いろいろなアプローチを受けました。若い頃には、女性であるが故のアプローチも何度もありました。そうしたアプローチは、その国独特のものがあり、危険でなければ、ある種の掛け合いの遊びとなっていきます。特に、メキシコとかインドでは、歩いていても、バスに乗っても、タクシーに乗ればタクシーの運転手から、レストランで、ビーチで、街中で、と所かまわず話しかけてきます。怖いと思えばどこまでも怖くなるし、異文化の中での遊びと思えば、遊びに興じることができます。
また、人種の違いを意識したアプローチも多々ありました。
対処の仕方は、その状況によります。車から飛んできた言葉のような瞬間的なものは、無視するのがベストです。そういう人々がいることはとても悲しいことですが、自分に向けての言葉としては、それで心を痛めないことが大事です。なぜなら、そういう人々は、残念ながら、無知、あるいは、偏見で物を見ることしかできない段階に留まっている人々であり、車の中にいる仲間たちに対しての格好付けの愚かな遊びでしたないからです。恐らく、一人でいたら、決してしないことでしょう。
何年か前のことになりますが、興味深い体験がありました。
ある日、車で比較的静かな通りを通っている時に、12、3歳でしょうか、二人のオーストラリア人の子どもたちが、通りの芝生から、私に指を立てるジェスチャーを送ってきました。とっても悪いジェスチャーです。私は、オーストラリアでは、もともと日本に対して敬意を持っている人々に囲まれた環境で過ごしてきたせいか、個人的には、あまり、そういうジェスチャーや汚い言葉に遭遇したことがほとんどありません。二人の子どもたちのそのジェスチャーは、ある種、ショックでもあり興味深いものでもありました。
選択はふたつです。無視するか、それに、対処するか。
幸いにも、路上駐車が可能だったので、その二人の子どもたちが逃げ去ることを前提に、私は、車をその場で停めました。驚いたことに、その二人は、逃げることをせずに、”May I talk to you?”という私の言葉に、頷いたのです。このことが、一番の驚きでした。そのジェスチャーがどういう意味を持つものと理解しているかを尋ね、なぜ、私に対してしたのか、また、それが、私にどういう影響があると思うか、といった質問から入り、そういうジェスチャーは、彼等の人間性の貧しさを示すものであり、自分の偏見をそういう形で出すことは自分だけでなく両親にも恥ずかしい思いをさせることである、というようなことを話したように思います。
そこでしばらく話しこんだことは、鮮明に覚えています。なぜならば、私にとっては、とてもとても不思議な時間の空間だったからです。その子どもたちが逃げるどころか、むしろ、私と話すことに関心を示したこと。驚き以外の何物でもありませんでした。
謝ることはなく、二度としませんという約束もありませんでしたが、その子たちが、二度とそういう行為をしないという確信は持ちました。逃げたほうがずっと簡単だったこの少年たちが、じっと私の話に耳を澄ませたことが私にはとても信じられない思いであり、その少年たちに、もし、家庭か学校で、身近な大人から、人種や文化により差別が無知と無知に基づく恐怖から出ている話しがあったら、この子たちの世界を見る視線はきっと変わっていたことでしょう。彼らには、何か新しいものに耳を傾けるだけの好奇心と素直さがあったことを感謝した日となりました。
シュー君のように留学して、こういう悲しい思いをしたり、あるいは、文化や国家という壁を越えてすばらしい友情が生まれることを体験した若者たちが、文化と文化の橋渡しをしていくのです。ICETの卒業生たちは、みんなそんな役目を自ら進んで社会で、世界で果たしていることでしょう。