CAPD
投稿日:2011年2月10日
最高学年の12年生のICET生たちは、さすがにこの頃になると、目の色が違ってきているのが感じられます。10月にあるHSC(高等教育統一卒業試験)を遠くの目標に置き、間近には、4月の前半期の考査があります。 日本の大学を目指す生徒は、その上に、さらに大学受験の重圧がのしかかってきます。真剣にならざるをえないのでしょうが、みなよく勉強するのに感心します。
周りから強制されるのではなく、自主的に勉学に励む姿勢が備わっていることは、立派だと思います。
彼らからは、何か特別なオーラが漂い始めていることを最近頓に感じます。志、真剣、自信、集中力、向上心といったものが凝縮しているのでしょうか、それが視線に、そして、体全体からにじみ出てきているように感じられます。
新しい生徒たちが入学してきて、自分たちが良きモデルとして導かなければならないという、先輩としての責任感が風格として出ているのかもしれません。いずれにせよ、今までとはまた違う空気を彼らは身につけてきています。
その中で、18歳のお誕生日を迎えた生徒がいます。おめでとう!
18歳は、オーストラリアではとても特別な年齢です。成人として大人の仲間入りをするからです。市民権があれば選挙権も与えられます。
去年のおんぶに抱っこだったICETの温室から放り出された11年生は、授業が難しいのに加え、宿題の多さ、アサインメントと呼ばれる数週間かけて仕上げる特別な課題の多さに、目を白黒させています。
オーストラリアの学校では、Junior(7年生から10年生まで)とSenior(11年生、12年生)には、明白な区別があります。Juniorは、先生たちからまだ子ども扱いされます。でも、Seniorは、もう、大人扱いです。先生たちの生徒に対する姿勢は、「責任を持て、その代わり、干渉しない、でも、勉学の支援は出す」というスタンスです。だからといって、すべての生徒が、自分の学習や行動に責任を持つわけではありません。
だからこそ、自分たちの学習に熱心に取り組んでいるICETの5名は、立派だと思えるのです。ここに至るまでには思い悩んだことがたくさんあり、単純にここに行き着いたわけではありません。そして、これから彼らを待っている道には、まだまだ超えなければならない山がたくさんあります。でも、中身の充実を感じれば感じるほど、勉学が楽しいものとなっていくことでしょう。
ICETには、CAPD-Cultural Awareness and Personal Developmentという授業があります。異文化の中で上手に暮らす方法を見つけ、その中で、自分を大きく成長させていくためのガイダンスの授業です。異文化を尊重しながらも、自分に付加する価値のあるものを選別し、同時に、異文化の中で尊重される自分を作っていくことができれば、将来、自国の文化も含め、どのような文化にも上手に対応することができます。
自分を知るということは、簡単なようで簡単ではありません。今までは両親の庇護のもとにあり、日本という至れり尽くせりのサービスのある豊かな国に暮らし、自分のidentityを模索する必要はあまりなかったといってもいいでしょう。今年は、自分を見つめる1年となります。自分が誰であるかに、いい意味で、直面します。
CAPDは、自分を知るための道具や方法をたくさん提供する場でもあります。
DHSの生徒は、各学年が週に2時間履修します。MacKillopとGold Coastは、どこかで、週末にまとめて、ということになります。
10年生は、「自分を知る」ということが1年のテーマです。内面を掘り下げると同時に、環境の中での自分の立場も考察していきます。そのために、今、世界がどういう状態にあるのかを様々な側面から学習し、その中で、日本は国際的にはどういう立場にあるのか、日本の社会を外から観たらどう見えるか、時事問題や価値観などについて学習します。
自分をしっかりと見つめることができれば、将来どのように社会と関わっていきたいのか、どういう生き方をしたいのか、何を勉強すればいいのか、といった方向が、かなり鮮明に見えてくるのではないでしょうか。
11年生の学習内容は、現代の世界構図を理解するために過去100年の世界の歴史を学び、地球環境の変化を学び、現在われわれを取り巻く世界への理解を深めるためのリサーチやディスカッションを重ねます。
12年生のCAPDは、大学受験に徹します。時事問題を調べ、学習し、議論し、そして、小論文の書き方を練習します。
8日の今年最初のCAPDは、11年生と12年生は、ちょうど日本で前日から開催されていた日豪の「EPA」会議について、そして、今、日本で盛んに唱えられている「TPP」について、その中身、それぞれの国に与えるメリットとデメリットなど、いくつかの資料を基に学習しました。
10年生は、外国に来て、直面する「不安」について。不安があって当たり前。その不安をどう受け止めるか、どう対処するか、といったことについてまず話し合いました。
一人ひとりがどれだけ違うか、表に出る言葉の奥に、どれだけ違うものが秘められているか、その違いが、個性を創るものであり、みな、違って当たり前、違っていていい、違うことが宝物、だから、一人ひとりが特別であり、その自分を大事にすること。
誰もが、頭のてっぺんからつま先まで宝物で詰まっている。その宝ものは、光があたらなければ宝の持ち腐れ。いろいろ挑戦し、なんでもやってみることで、光をあてることができる。磨き光らせることで、豊かになっていく自分を感じることができる。考え迷うよりも、まずは、やってみる。実行するのに障害があれば、相談、交渉。
そして、自分が持っているcommunicationの仕方、人との交流の仕方のスタイルの違いについて学習し、自分の特徴を特定し、その違いが人々にどのような影響を与えるか、対立するかを考え、協力するにはどうすればいいのか、といったactivityをしました。