選択には、その後がついてくる
投稿日:2014年8月12日
8月5日、日本全国の児童相談書が対応した児童虐待の数が、7万3765件に達したというニュース報道がありました。
以下、そのことに触れているいつかのリンクです。
http://apital.asahi.com/article/news/2014080400006.html
http://news.tv-asahi.co.jp/news_society/articles/000031982.html
http://www.nikkei.com/article/DGXLASDG01H17_U4A800C1MM0000/
厚生労働省による虐待の定義
http://www.mhlw.go.jp/seisakunitsuite/bunya/kodomo/kodomo_kosodate/dv/about.html
この数に、ただ唖然とします。
報道では、虐待の数が多くなっている事に加えて、社会の意識が高まって相談する人が増えた結果だとしていますが、それならば、見えないところで一体どれほどの虐待が行われているのか!
明治10年、来日して大森貝塚を発掘することになったモースが、日本の子どもたちの無邪気な明るい笑顔、大人の子どもに対する優しさに驚いたという話があります。明治23年に来日し日本人に帰化した小泉八雲も、暖かく子どもたちを包む日本人の大人の柔和さと子どもたちのおおらかさに感銘を受けています。
日本は、自然が美しいだけでなくなく、伝統的な文化は、世界のどこにも類の無いものばかり、人々はみな勤勉、物はなんでも豊富にあり、きれいで清潔、すばらしく暮らしやすい国です。
それなのに、ここ20年ほどは、奇妙な社会現象と信じられない数字がたくさん並びます。
うつの状態になる人々の数はうなぎ上り。向精神薬なるものを処方してもらう人もうなぎ上り。自殺者の数は、毎年3万以上、もう10年も。いじめによる自殺も頻繁に起こります。
http://www.lifelink.or.jp/hp/statistics.html
ひきこもりは、イギリスのジャーナリスト フィルリースがBBC放送で放映したビデオでは、100万を超える若者が社会に背を向け、家に、部屋に、時によっては何年のひきこもってしまっていると断言しています。
http://vimeo.com/28627261
ニート、不登校もこの中に含まれましょうか。不登校は、11万人を越します。
http://blog.goo.ne.jp/kyouikusoudan-k/e/277a136d2fe1069161781be521b9dee5
若者による殺人も稀ではありません。それも、「誰でもいいから殺してみたかった」というような動機のものがたくさん。
一体、日本には、何が起こっているのでしょうか。
みんな誤った「選択」の結果です。ひとつの選択ではなくても、あまり意味があるように思えない小さな行動を積み重ねてきた結果、最終的には、とても大きなことになってしまったという状態です。
そんな問題を解決しようと一生懸命いろいろな人が取り組んできていますが、効果的な対策がないまま問題は、社会の隅々に蔓延し、深刻さを増すばかりです。
解決できないのは、本当は、全部くっついているもの、おなじところを源泉としているものを、ひとつひとつ個別に扱っているからです。根本は、全部つながっています。親子関係、その元の夫婦の関係、そして、極端な学校教育のプレッシャー、選択権が無く責任だけを押し付けられる仕事のプレッシャーなどから発せられているものです。
いろいろな問題が表面化し始めてきたのは、日本が経済高度成長をまっしぐらにひた走っている時です。今の子どもたちの問題の源泉は、親の子ども時代から既に社会に巣食ってきた歪みです。企業戦士として父親が家庭からいなくなりました。朝早くから夜遅くまでひたすら会社のために働き、家庭は母親に任せきり。子どもたちは、父親がいない代わりに、母親べったり、そして、おもちゃなどの物をふんだんに与えられて育ちます。学校に行けば、勉強勉強、そして、塾。ともかく良い成績を取らなければ。
裕福になり、家庭は、徐々に核家族となり、おじいちゃん、おばあちゃんの知恵をもらうことができなくなりました。子どもたちが、家庭の中で何か役に立ったり、責任を任されたりというようなことはほとんどなく、成績だけで人格まで判断され、社会性を持たないままに成長し、結婚。
ダイエット、ファッション、化学薬品による染髪、濃い化粧をして、オーデコロンやデオドラントでプンプンと匂わせ、中年の男性からお金を貢いでもらう若い女の子がたくさん生まれてきたのも、その頃からです。
朝食を親と一緒に食べない子どもたちの数が急増しました。親子の会話ができない家庭も急増しました。親は、子どもに遠慮して、何も言えないという家庭も急増しました。
食べる物は、家で食事を作るのは面倒、なんでもコンビニで調達。いつの間にか、加工食品は添加物で一杯。
給食の中身を変え、情緒を培うための花壇を作ったことで、暴力が頻繁に起こる荒れた学校が良い学校に変わり、生徒たちの成績も上がってきたという長野県真田町の実話があります。肉や食品添加物が大量に混じった食事からより自然に近いものに変えたことにより、子どもたちが落ち着き、暴力もなくなったという実験は、極めて大きな意味を持ちます。
https://www.youtube.com/watch?v=_wGRrL_dFh4
良妻賢母という言葉が死語になったのも、その頃からでしょう。
良妻賢母というのは、人生を連れ添う人、子ども(たち)の父となる人と、調和のある、互いに支援できる関係を築くことができることを「選択」し続ける妻であり、賢母は、子どもを慈しみ、愛し、自立できるよう導き、子どもが幸多き人生を送ることができる手助けとなる「選択」をし続ける母親です。
良妻賢母になるためには、良い模範が必要です。
今起こっている社会現象は、良い行動を選択することを教えられてこなかった結果です。自らを幸せにする方法を教わってこなかった結果です。
だからこそ、中学生、高校生の頃から、生き甲斐を感じることができる自分の道を選択し、その道が、自らを幸福にするだけでなく、まわりの人々を幸せにするものであることが極めて大事なこととなります。
日々の小さな行動の選択の中に、その意識を持つことが真の幸せへの鍵となりましょう。