大学巡り
投稿日:2011年7月30日
日本の大学は、大きく変わりつつあります。
試験の方法も変わってきているし、カリキュラムの編成もかなり融通を効かせています。
文学系の科目で受験して、2年目から理科系が専攻できる方法や、4年間に多分野に渡る科目を選択でき、最終的には2つの専攻の資格が得られる学部など、以前には存在しなかったものが登場してきています。大学に魅力を持たせ、できるだけ良い学生を集めるためだとある大学の職員の方が説明されました。
3年(2年の場合もある)の留学を終えて日本の大学に行きたい生徒は、通常、AO(Admission Office)と呼ばれる試験方法か帰国生試験のどちらかで受験します。
センター試験や一般試験は、土俵が違うので、該当しません。
AO試験には、いろいろなものがあります。今まで多かったのは、小論文と面接でした。ここ数年多くなっているのは、英語でビデオを観てそれについてまとめ、見解を述べるもの、講義を聞いてそれについて英語または日本語で要約し、意見を書くものです。観たもの、聞いたものをグループで議論するようなものもあります。言語は、英語です。
書類選考と面接だけのところもあれば、TOEFLやTOEICがある程度のレベル(700点見当)を超えていれば、試験無しというところもあります。
過去問に関しても公表しないところ、5年分を冊子で配布してくれるところ、その理由も様々です。「著作権の問題で公表できない」とか、「普段の学習を基盤に、その日に自分の実力を発揮すべきなので、過去問には意味がない」というところ。「これで、しっかりと傾向をつかんでおいてください」というところ。
本当にマチマチです。
オーストラリアは、州の水準を軸として統一されているので、統一試験を基準として出される数値が全部の大学に通用します。大学が入学の基準とするのは、その数値のみで、大学が実施する入学試験というものはありません。だから、生徒も、どの大学のどの学部に行きたいのであれば、これだけの点数が必要、そのためにどれだけの勉強をする、ということが見えます。やみくもに勉強すればいい、というのではありません。
しかも、統一試験は、2年間の学校での出席・宿題課題のできばえ・実技のできばえなどが50%の重きを持ち、そして、最後に全生徒が受けるペイパー試験の結果が50%です。生徒の負担は分散されると同時に、生徒の持つ能力もいろいろな形で測られます。途中での修正も効きます。
もちろん、勉強する生徒は、2年間、恐ろしい勢いで勉強します。なぜなら、大学は、学問のために行くところで、目的が非常に明確だからです。
勉学に対する姿勢は、どこの国でも変わりません。勉強する子は勉強するし、しない子はしないし。求めるものが違うのだろうし、学校教育の中に意味を見出さないのかもしれないし、学習習慣がついていないのかもしれないし、学校という環境にもともと適していないのかもしれないし・・・
いずれにしても、結果よりも、姿勢そのものが長い人生の中では、大きな意味を持つのだろうと思います。
オーストラリアでは、大学に入っても勉強しなければ進級できません。だからこそ、大学を卒業した、ということに大きな意味がついてきます。
昨日、ある大学のキャンパスでこんなことがありました。受付で印をしてもらった地図を見てもわからず、向こうから歩いてきた青年に道を尋ねました。その青年は、私が持っていた地図を上下にひっくり返し、研究してくれるのですが、よくわからないようです。「ボク、4回生なのですが、大学の構内のことちっとも知らなかったみたいですね。すみません。あちらだと思うのですが、一緒に行ってみましょうか。」と、いま来た方向にまた、私と一緒に歩いてくれると言うのです。
すでに「JRへの就職が決まっているので、今は、試験の勉強だけに没頭すればいいので気がらく」「6月に決まった自分は、友達の中では一番遅くて焦った」「自分の選んだ学部(法科)が本当に勉強したかったことかどうかわからないけれど、でも、将来、いろいろなところで役に立つことは確か」というような話を聞かせてもらいました。
「あのビルです。」と指差してくれたら十分だったのに、「ここですね。」と、わざわざ建物の入り口のドアまで案内してくれました。
いろいろな意味で、とても心温まる何分かでした。
この青年に幸多かれ、と祈りたい気持ちでしたが、でも、こんな姿勢を持っている青年なら、きっと自ら自分の人生に幸を呼び入れてくるのだろうと思いました。
“大学巡り” へのコメント(2件)
コメントをどうぞ
2011年7月31日
房枝先生お久しぶりです。
東京で十数年ぶりに先生にお会いできて嬉しかったです。
以下、大学入試に関係する仕事をしている端くれとして。
先生がおっしゃる通り、日本の大学は対応が様々です。
うまく書けないですが、背景には・・・
現在の日本にある大学の入学定員を全部合計すれば、
受験人口(18歳人口)を上回ってしまうという状況で、つまり受験生が全員
「大学ならどこでも…」という考えを持てば全員大学に入れてしまう。
という現象が起こっています。
なので特に私立大学なんかは特色を出そうと必死になっています。
その結果、人気がある大学、ない大学、その他入試方法や対応までバラバラ。
・・・という。この話は仕事でもここ数年毎年話している話題です。
私個人の意見として、、
留学期間はどれくらいだったか、行きたい大学、学部によって
AOなのか一般推薦なのか一般入試なのか道はそれぞれです。
いずれにせよ、留学というのは将来の道を決めるきっかけをたくさんくれる経験だと思います。
その経験がより日本の大学でも活かされるように留学経験者の進学相談機関が日本でもっと発達すればいいのにな、と思っています。
2011年8月15日
幸子さんへ
コメントとアドバイスをいただいていたのですね。気が付かないでいてごめんなさい。
留学生した生徒たちは、豊かな知識と文化を日本に持ち帰るので、そうしたことが上手に活かされる環境、そして、彼らが培ってきた
ものがそのまま継続して伸びていく環境が必要です。訪問すれと、大学側の意図というか、求めるものがはっきりしてきます。でも、
日本で留学生のための相談窓口のようなものがあれば、本当にいいですね。
幸子さんが、今のお仕事を土台にしながら、いずれ、そちらにも道を作ってくださるというのはどうでしょう? 需要は、ますます大きく
なるのではないでしょうか?