脱皮
投稿日:2012年2月10日
秋は、収穫のときであり、同時に、余計なものをそぎ落として行く時です。
西オーストラリアに、Margaret Riverという場所があります。そこには、原生林が繁り、妖精が住んでいると言われる森があります。その中にある小道を歩き、木のてっぺんを見上げると、そこから、まっすぐに天に吸い込まれていくような感じがします。
その森の中に、1本、特別に目立つ木がありました。他の樹木を圧倒するほどに大きな木がまっすぐに天に向かって伸びています。古い樹皮がはがれ、その下から、なんともいえないつやつやと輝くあめ色の新しい幹の表面が見えていました。あまりにも見事な脱皮に感動のあまり、足が釘付けになりました。
脱皮があるから、新しいものが育つのだ、新しいものを育てるには、脱皮が必用なのだ、というメッセージが強く伝わってきた瞬間でした。
子どもたちが、留学から大きな収穫を得るためには、この脱皮が必要です。
収穫するためにすでにドアを全開している生徒もいます。そういう生徒は、新しい体験、新しい知識、新しいものの見方を勢いよく吸い込んでいきます。
脱皮が必要なのは、「私はダメ」「私はバカ」「私にはできない」「私は何をやってもうまくいかない」「どうせ、努力したところで勝てるわけではない」「いい点数なんて自分とは関係ない」「先生たちは自分たちのことなんて、どうでもいいと思っている」という堅い、堅い樹皮で身を包んでいる子供たちです。
木々は、秋に葉を落とし、冬の厳しさを耐え、そして、春に新しい芽を出します。
冬の厳しさというのは、実は、表から見たものです。木の幹の中身は、豊かに次の春の外に向けての成長のエネルギーをしっかりと蓄えています。人間でいえば、それは、自分を見つめ、自分を認め、自分に愛を注ぐという過程です。
私たちの毎年は、ここから始まります。
樹皮が硬化してしまっている場合には、1年経っても脱皮することができない場合もあります。それは、決して簡単な作業ではないからです。何層にもわたって、皮を少しずつ剝く作業を続けていかなければならないからです。でも、少しずつでも脱皮が始まれば、時に、落とせない部分があっても、徐々に、新しい幹の表面を光らせることができるようになります。
古い樹皮を落とすのは、それまで抱えてきた余計な重荷、余計な思い込みや自分に対する偏見などを捨て去ることです。それができれば、自由に収穫を取り入れていくことができます。
大いなる脱皮をみな試みて欲しいですね。