ガイアの夜明け

投稿日:2012年12月22日

今日は、まさに「ガイアの夜明け」と呼ぶにふさわしい日です。

「ガイア」の意味は、NHKのドキュメンタリーの説明を読んでいただくとよくわかります。

http://www.tv-tokyo.co.jp/gaia/program/index.html

2012年12月21日は、マヤの暦によるとひとつの時代の終焉が来る日と解釈とされ、「世界の終焉」として実際に世界が崩壊するという意味が蔓延し、恐怖を覚えた人々もたくさんいるようですが、一方で、人間が慣れ親しみ知っている世界から、別の意識、別の方法での新しい時代に移るという意味あいとして捉えている人々もたくさんいます。

マヤ文明は高度に発達した文明で、特に天文学に関しては、グレゴリウス暦よりも遥かに正確に宇宙の動きを捉えていたことが知られています。チチェン・イッツァやティカル、ウシュマル、パレンケといったピラミッドは、ひとつひとつの石の向き、階段の数まで天体の動きと関係があり、ピラミッド全体が宇宙と地球を結ぶ役割をしていたことがよくわかります。

ヒエログリフというと通常エジプトの象形文字のことを思い浮かべますが、マヤ文明もヒエログリフを使っていました。マヤのその高度な文明は、見事に書き記されていたのですが、スペイン人の武力による征服が行われた際に、宗教家たちの手によって焼かれてしまい、残ったと一般に知られているものはたった3枚しかありません。同じく宗教家の手で、当時のマヤの人々の文字や音をスペイン語で残す努力が行われ、500年経った今も、多くの学者たちの手によってその解明努力が続けられています。

私は、マヤやアステカの文明に魅せられて二十代の真ん中の4年半をメキシコで過ごしました。オーストラリアに来るようになった運命のいたずら(?)がなかったら、ICETの設立もなく、日本のすてきな高校生たちとの出会いもなく、今頃、マヤのヒエログリフの解明に熱中しているか、メキシコやグアテマラでピラミッドの発掘に関わっていただろうと思います。元々関心を持っていることなので、この新しい時代への変遷に関しても、関心を持って追ってきました。

そうしたヒエログリフの中には、終焉が来るということはひとつも書かれていない、という報道もあります。ただ、マヤの信仰の中には、世界が特別の時期に置かれ、第一の時代も第二の時代もそれに続く時代もその最後には、きちんとした終わりがあり、また新しい時代が始まるという伝えがあります。昨日まで、私たちは第五の時代にいました。今日から第六の時代に入ります。その時代の変遷というのは、天体の動きとマヤの暦に基づいています。

 「新しい時代の到来」「世界の終焉」といった観念は、1970年代からいろいろな著書が出始め、マヤのカレンダーや天体の動き、さらには、キリスト教の黙示録やエジプト文明など、いろいろな要素が絡められ、それを受け止める世界中の人々のそれぞれの解釈にと広がっていったようですが、2006年に出版されたダニエル・ピンチベックの「ケツァルコアトルの再来」という本によって、「新世界」の観念がより世界に浸透したようです。

ケツァルコアトルというのは、背中に羽のはえた蛇のかっこうでアステカ文明でもマヤ文明でも最も崇められている神様です。文字通り、天と地の象徴であり、文明をもたらした、そして、平和を願う神様でもありました。その信仰により、わずか500人のスペイン人により、それを信じていた人々の築いてきた高度な文明が破壊されてしまったことは皮肉なできごとであり、人類の歴史の大きな損失です。そして、アメリカと呼ばれる大陸の歴史地図も大きく塗り替えられました。

この話を詳しくしたら、ページが何枚あっても足りませんので、ここでは、これ以上触れませんが、大事なことは、マヤの祈りは、世界を平和にするためには、一人一人の人間が、その意識を持ち、全世界の民、社会、家庭が心をひとつにして、母なる大地を尊重し、地球上に暮らす人々の真の友好を達成しようというものです。その意識をわれわれがみな持つ時代が来るよ、その時代の始まりが今日だよ、ということです。その祈りを世界に届けるために、メキシコやグアテマラ、ホンジュラスの遺跡では様々な行事に繰り広げられているようです。

世界中は、恐怖と憎悪と暴力に満ちています。テレビのニュースをつければ、毎日世界のどこかで戦争、紛争、飢餓、暴力沙汰、いじめ、虐待が起こっています。その中で、日本やオーストラリアだけでなく、平和を保てる環境の中にいる人々は極めて幸運です。そして、もっと幸運なことは、私たちは、平和に暮らす、互いに愛で包むことを選択できる立場にあるということです。

 人生の中で巡り会う人々の数は、地球上の人口を考えたら、たいした数ではありません。何かの縁で同じ空間と時間を共有することになった人々を大事にしましょう。助け合いましょう。許し合いましょう。互いを愛することを学びましょう。簡単ではありません。でも、意識的にその努力をしなければ、暴力(権力を行使する考えそのもの、言葉での表現、物理的な力の行使)はなくならず、地球上のすべてを包む平和はやってきません。

平和をもたらすことは、選択によるものです。みんながそれをめざして手をつなぎましょう。まずは、自分の間近にいる人に優しくすることから始めましょう。物欲に支配された時代から、精神性を求め、大地や宇宙ともっと密接につながり、地球と人類を大事にしましょうという大きなうねりの中にあって、それを意識できる立場にある私たちは、その幸運に感謝し、自分がどう貢献できるかを考え、毎日の生活の中で実践していきましょう。

2012年12月22日の日の出は、それを力強く後押しするかのように、水平線の向こうで強い光を放っていました。

 

 

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