自分を大事にすることの意味
投稿日:2013年10月9日
「自分を大事にする」というのは、どういう意味でしょうか?
この質問をすると、最も多いのが次のような答えです。
「自分のしたいことをする」
「がまんしないで、自分の思っていることを主張する」
このふたつは、大事にする事の中に含まれるものなのですが、これ単独では成り立たないし、むしろ、これだけを押していったら、逆に自分を大事にすることにはならない結果となってしまいます。
「自分を傷つけない」
「自分を好きになる」
「自分を理解してもらう」
こうした要素、とても大事です。でも、「自分を大事にする」ということは、これだけのことではありません。
自分を大事にするということは、簡単に見えて、実は、とても難しいことなのです。
わがままが許されるなんて思ったら、大間違いです。自分を大事にするということは、高い意識を持ち、相当な自制力を必要とすることなので、わがままになるということの対極にあるものです。むしろ正反対のことだと言ってもいいでしょう。
自分を大事にするということの中には、心身の健康管理、周りの人々との良い関係、願いの成就、自己への正当な評価などいろいろなことが含まれます。
まず、健康管理をとってみましょう。
現代、私たちは、様々な種類の食品に囲まれています。世の中は、おいしいものに溢れています。そうしたおいしい物の中には、着色料や化学調味料や様々な添加物が含まれていて、その多くが健康を害するものであることは、もう、誰もが知るところになっています。でも、実際には、原材料でさえも、産地に直結あるいは有機栽培でなければ生産の過程で消毒などどんなものが施されているのかはわからないし、加工食品となれば、そのひとつひとつが、どこでどんなふうに作られていて、自分の体の中に入れるものがどんな成分で、その成分がどのように体に影響するかというようなことの全容を把握することは一般の購買においてはまず不可能です。
コマーシャルは、消費者がついついそれを買いたくなるようとても良くできています。また、ポテトチップスその他のスナックのように、一旦口にしたら食べずにいられなくなるジャンクフード。コークやダイエットコーク他多くのソフトドリンク、特定のエネルギードリンクなどの害がわかっていてもなかなか止めることのできないドリンク類。市場から消えるどころか、ますますとその宣伝は盛んに行われます。そうしたジャンクフードの健康への悪影響や子供たちの行動に及ぼす悪影響など広く知られるようになり(それ故に、ゴミを意味するジャンクという名前が付けられているのですが)、テレビ局がそうした物の宣伝をある時間帯にはしないという政府の取り組み、あるいは、学校の売店でそういうものは売らないという学校の取り組みも行われていますが、子供たちの手にそれが届かなくなるようにすることは、とても大変なことです。
おもしろいのは、古代ギリシャから食品と健康の関係はしっかりと謳われているのに、現代における成人病患者は増え続ける一方だということです。
2400年も前に、「医学の父」と呼ばれるヒポクラテスと彼の弟子たちは、人体から採取した体液と血液の混じり具合を見て、病気は食との関係が多いにありなのだと唱えました。現代医学では、病気の原因を究明するのに血液検査は欠かせません。それが、2400年前の研究の続きであることに大いなる興味と驚きを覚えます。その上、現在は、食と健康に関する情報が巷に溢れています。それでも、食生活による疾患が増え続けているというは、もう、驚愕でしかありません。
それだけ、自分が口に入れる物の管理が難しいということなのでしょうが、自分が食べる物、飲む物を選択することができる年齢になったら、関心を持ち、知識を広げ、自分の最高の判断力を行使する意識、努力を実践することが極めて大事となります。そこには、強い意志と自制が要ります。
食べる物、飲む物に関してでさえ、自分を大事にするということは、ここまで難しいのです。そこにさらに、きちんとした睡眠を取る、適度な運動をする、といったようなことが加わると、自分の管理は、さらに厳しさを増します。PCを夜中までいじっている、iPodで遅くまでゲームに夢中になっている、激しいリズムや音量の高い音楽を聴きながら寝入る、暴飲暴食した後で寝ようとするなどなど、毎日、良い睡眠を得ることを心がけるにも、意識と自制が要ります。適度な運動を定期にするためにも、時間の確保が必要です。そこにも意識と自制が要ります。
病気になれば、心や気力に影響があることは言うまでもありません。
目に見えることでさえこれだけ難しいのですから、ましてや、人間関係や心の状態など、目に見えないものとなったらなおさらに難しいことです。
続きは、明日にまわします。